天皇の葬儀

 

1.昭和天皇

 昭和天皇は、人生の前半を神の子として過ごし、後半を人の子として過ごした。生あるものは死す。その昭和天皇が亡くなったのは、バブルの真っ最中の1989年1月7日のことである。何も、よりによって私の誕生日に亡くならなくても・・・と、当時は思ったものだが(笑)。

 さて、その昭和天皇の葬儀だが、もちろん伝統」にのっとり神道式で行われ、その亡骸は巨大な墳丘に土葬された。大々的にマスコミに報道されたから、記憶されている方も多いと思う。

 

2.天皇家の埋葬葬法

 これまで天皇家の埋葬は、火葬と土葬が混在する形で行われてきた。近世になると儒教の影響もあって土葬が一般的となったが、天皇の葬法が土葬に統一されたのは、孝明天皇以降のことで ある。宮内庁によれば天皇のうち火葬になったのは約3分の1(41人)だという。

 ちなみに、庶民の葬法は古代から近世の終わりに至るまで一貫して土葬だった。そのほうが燃料代がかからないからだ。

 

.伝統とは何か?

 ところで、昭和天皇の葬儀が「伝統にのっとり神道式で行われた」と書いたが、本当に神道式で葬儀を行 うことが日本の皇室の伝統なのか。天皇家の葬儀であるから何式でやろうと勝手だが、実は

神道式で行うのは明治天皇のときに創られた「伝統」

 に過ぎない。聖武天皇(756年没)から、明治天皇の前の孝明天皇まで、葬儀はすべて仏教式で行われてきたのだ。神道式で行う天皇家の葬儀は、実は、国家神道を採用した明治政府による政治的な「伝統」 なのである。

 実をいうと、これを書いている私自身、つい最近までこの事実を知らなかった。天皇の葬儀を神道式で行うことに何の疑問も持たなかったのだ。おそらく、多くの国民も私と同じだったのではないか。
 そして、昭和天皇の葬儀を神道式で行うことによって、いまや、天皇の葬儀が神道式で行われるのは「国民の常識」「伝統」となったのではなかろうか。

 昭和天皇の葬儀は、われわれに「伝統とは何か?」を考えさせるいい材料である。伝統は時代に合わせて作りかえられる。時には国家権力にとって都合のいいものが恣意的に「伝統」として祭り上げられることもある。

 私たちは伝統だから」という理由で思考を停止し、旧来のやり方に抵抗なく従う傾向がある。しかし、その伝統がいつ頃、誰によって、何のために、「発明」され定着したかについては、その良し悪しは別にして、知っておく必要がある。調べてみると、意外と最近に創られた「伝統」も少なくない。

 

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